ももなと楽しく生活してます。ビーチデビューも果たしました。時々のぞいて下さい♪
by momona_dog
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今年も大変お世話になりました!
本当に全然更新してなくてごめんなさい。
ログインもしてなかったから、どこから入れるのかも分からなくなってしまいました。
機能もいっぱい追加されてるみたいで・・・
もうついていけないですね057.gif

今日、やっつけ仕事で年賀状を作りました。
何にもコメント書けてないけれど、ごめんなさいです、本当に。

写真も全然撮れてないです。
でも、ももなは元気にしています。
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顔がすっかりおばあちゃんというか、おじいちゃんというか(失礼)。
ウィルス性の膀胱炎とかちょっと病気をしたけれど、
心臓もしっかりしていて、とってもいい感じらしいです。
年が明けたら、お医者様に歯磨きをお願いすることになっています。
元気なうちやっておいた方がいいということですし、
かなりひどいので保険も適応して頂けることになりました。
来年は10歳です。







それから、半閉じ気味に最近思う色んなことを・・・
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毎朝、空を見るようにして、歩いて通勤しています。
やっぱり、上を見た方が頑張ろうって気持ちになれますよね。
今年は、前半は、大好きな仙台の為、と思って頑張った気がする。
TVでは『絆』なんて言ってるけれど、私はすごくひとりを感じました。
地震後、1時間半過ぎにようやく帰宅が許されたとき、
フロア内のTVから津波の映像が見え、名取川だと聞いて悲鳴が出ました。
ももと散歩した名取川。
でも、秘書の女性に「しっ!、仕事中の人もいるのよ、早く帰りなさい!」
と怒鳴られました。
外の世界は液状化して、水と砂が溢れて、道路に亀裂が入り、世界が変わってしまった中で、
ひとりで家に帰るのがとても怖かった。

玄関を開けると、ももは何も気にしてないかのように、
ソファーに座ってました。
目についたのは、家中の窓が開いていたこと。
ロックをかけていなかったので、窓が動いて大きく開いて、風が通りすごく寒かった。
TVも食器棚も本棚も無事でした。
たた、小さな植木鉢が3つ落ちたので、リビングは砂と玉砂利が散乱し、すごいことに・・・。
我が家は仙台での地震の経験から地震対策は割としていて、
前に倒れた箪笥は処分していたし、食器棚は布を引いてるので中で滑ったり、動かないようにしていました。
何より、あまりものがないのが良かったのかな、そして越したばかりの家が安全だったんですね。

とりあえず、ももを寝室に押込んでリビングを掃除し、TVをつけ、
両親に電話をかけ、無事だけ確認ができました。
電話はかけれるけれど、相手からは繋がらないようになっていたと思います。
夫からは早々に、今日は帰らないとメールが来ました。
電車が動かないから仕方ないけれど、震災対応でもう余裕がなかったのです。

しばらくして、外の様子を見にももの散歩に出かけました。
あちこちの液状化、マンホールから水が溢れ、遠くのコンビナートの火災、ヘリコプター、消化に向かう船、歩いて家に向かう人々
色んなものが見えました。
まだどうなるか分からない、私たち、どうしたらいいの?と落ち着かずももと家に帰りました。

ももの足を洗っていると、いくら待ってもお湯が出ない。
液状化のせいでいつもより砂まみれのもも、そして徐々に水も出なくなりました。
とりあえず、夫に電話してみると、ガスは地震でロックされてるかも、と。
家の説明書を探しても見つからず、とりあえず、玄関横のガスメーターを見に行くも、
暗い上に、腕が通る程度しか扉が開かない。
一旦部屋に戻り、懐中電灯を探し、ネットでも解除の仕方を検索。
どうやらボタンを押せばいいみたい。
再び、チャレンジ、赤いランプの点灯が消えればいいのかな?
何度押してもなかなか消えない。
みんなどうしてるのだろう?誰も私のように奮闘している人が見当たらない。
みんな、もっと明るいうちに対応してたの?
階段で家に帰る女性が通り、「大変ですね」と声を掛け合いました。

ガスは復旧されたけれど、水は出ない。
マンションの人はみんな大人しいけれど、うちだけなの?と不安に。
みんなはママ友などで、マンション内に知り合いがいるかもしれないけれど、
私は誰も相談できる人がいない。

ふと思い立って、勇気をだして、マンションの掲示板に「震災の対応について」とスレを立てました。
同じように不安な人とこれからどうしたら良いか、ひとりの私が取り残されないよう、協力を求めた方がいいと思えた。
同時に、水道が止まったことをサポート会社に連絡。
電話の女性はとても優しくて、「大丈夫ですか?」と何度も声をかけてくれました。
途中、携帯が凄まじい音で鳴り出し、今度は何が起きたのかと、不安に。
初めて緊急地震速報だと知りました。
マンションの掲示板には赤ちゃんを抱えた女性から書き込みが。
お湯が出ないとは思ってましたが、ロックのせいとは知らなかったとのこと。
赤ちゃんがいるので、水の出ないこのマンションを離れ実家へ行くとのこと。
せっかく話せる人ができたと思ったけれど、またひとりに・・・。

夜、11時過ぎになって、マンションにアナウンスが。
管理人さんが戻って来たらしい。
「水圧が低くなっているため、水が出にくくなっています。モーターを復旧させましたが、水圧が不安定な為、ご注意下さい。尚、1階の水道、トイレは使えますのでそちらをご利用下さい」
とりあえず、トイレに入れると思って安心。

実家(茨城)は水はでるから大丈夫、家は壁がちょっと崩れたぐらいと話してたけれど、翌日から1週間程度断水になりました。
私は、初日に懲りてネットでお水の注文を入れたけれど、既に配達は1週間ぐらいかかると返事があり、しばらくして、サイトも休止状態に。
ネットスーパーの宅配も注文できたのに、翌日キャンセルの電話が。

ただただ不安でひとりの夜。

翌朝、TVのニュースで電車が動き出したとのこと。
でも、津波などのニュースはほぼ見れなかった。
電車が動いても、夫は帰って来なかった。それどころじゃないらしい。
東北が大変なことになっている。

原発のニュースも報道されはじめた。
はじめ、TVでは言われなかったけれど、あそこにだけ津波が来ない訳がない。
周りの設備全てが流されていたからだというのに、お粗末な対応だと避難する人々。

被爆への恐怖、計画停電、ものが買えない。
それでも、東北の人を思う気持ち、こんなところで挫けていられない。
私は、私にできることで恩返しをしたい。
でも感じる周囲の人との温度差、まず自分が豊な暮らしを確保したい。

落ち込んで、凹んで、そして夫は東北へ入り1週間は帰って来ない。
どこまでもひとりで、私は自分で消化するしかない。
液状化した街は砂嵐が吹き、青い空は望めない。
外に洗濯物も干せない。

結局、夫は3月〜4月の間に3度の仙台長期出張をしました。
被災した街も見てきたそう。
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何もできなかったと・・・。
でも、懐かしいかつての仲間は、来てくれたことだけでとても喜んでくれたと。

悲しい思いがただただ残って、まだよくわからない気持ちもいっぱいあるけれど、
私はこうしうてブログとかやっていたら、掲示板に書き込めたり、色んな世界と繋がれた。
なのでとても感謝しています。
そして、新築、入居して1年経たず被災したこのマンションをかわいそうに、
と両親は言うけれど、ここだから、安全に過ごせたと、良かったと思っています。

私はどこまでもひとりだと、泣いてしまったけれど、
それは私自身も、夫もきっと私を信頼してるからだと思う。
いっぱい、いっぱい頑張った一年だったなって今は思います。

みなさんはどんな1年でしたか?
きっと色んなことがいっぱいありましたよね。
来年は幸せな一年でありますよう、お祈りしております。
引き続き、どうぞよろしくお願い申し上げます。
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by momona_dog | 2011-12-29 11:27 | つぶやき
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